エジプト・ステーション



商品紹介 - ユニバーサル・ミュージック・ジャパン公式サイトより

メディア掲載レビュー

ポール自身が描いた絵とタイトルを共にする『エジプト・ステーション』は、2013年にリリースされ世界のチャートを制覇したアルバム『NEW』以来、古巣とも言えるキャピトル・レコーズへの移籍後第1弾となる新曲によるフル・アルバム。「アイ・ドント・ノウ」、「カム・オン・トゥ・ミー」他、収録。 (C)RS


収録曲

Opening Station
I Don’t Know
Come On To Me
Happy With You
Who Cares
Fuh You
Confidante
People Want Peace
Hand In Hand
Dominoes
Back In Brazil
Do It Now
Caesar Rock
Despite Repeated Warnings
Station II
Hunt You Down / Naked / C-Link
Get Started*
Nothing For Free*

*日本盤ボーナス・トラック


アルバムタイトルについて

僕は『エジプト・ステーション』という言葉が好きだ。僕らがかつて作っていた「アルバム」を思い起こさせる。『エジプト・ステーション』は1曲目の駅から出発して、それぞれの曲がまるで違う駅のようなんだ。そのアイデアがすべての曲の元になっている。それは音楽が作り出す夢のような場所だと思っている。( ポールマッカートニー)

「Fuh You」について

「僕らは色んなアイディア、メロディー、コードの小さな部分を考えながら、徐々にそれが形になった。それから、ストーリーの意味が通るようにしていった。『さあ、出ておいで、ベイビー、自分のことを話して、真実を言って、君の事を知りたいよ』という感じで。それが基本的なアイディアで、そこから発展させていったんだ。ラブソングのひとつだけど、淫らなラブソングさ」(ポール・マッカートニー)


【ポール・マッカートニーによるアルバム収録曲解説】

https://www.youtube.com/watch?v=wcjo34btpIE&list=UUvGnJy9RnXX0kGSnDPKCZzQ

  1. オープニング・ステーション Opening Station

アルバムを『エジプト・ステーション』と呼ぶことに決め、だったら様々な音のモンタージュを作るのがいいと思ったんだ。どこかの「駅」のような雰囲気でね。そこで、2つくらいの本物の駅のSEを見つけてミックスし、さらにノイズなどを作って加え、夢の中の風景を作り出したんだ。そこが夢の場所であり、そこから音楽が発信される、という発想だ。

  1. アイ・ドント・ノウ I Don’t Know

この曲を書いたのはちょっと辛い時期を経験した後なんだ。別に深刻な話じゃないよ。でもそういうことってあるだろ?「ああ、何を僕は間違っちゃったんだろうな?」と思えるような時って。そういう気分の時に書けるのは、魂からの曲だから、実は良いことなんだ。ソングライティングは精神科医に悩みを打ち明けるみたいな、セラピーみたいなものだと言うけれど、まさにそうだね。僕が抱えていたちょっとした問題を診療室で専門家相手に喋る代わりに、曲という形にした、というのがこの曲なんだ。

  1. カム・オン・トゥ・ミー Come On To Me

これは「口説きソング」だよ。僕は想像してるんだ。60年代、どこかのパーティー会場で気になる子を見つけ「どうやってアプローチしようかな」と考えてる自分をね。気になる子に会った男が「どこか二人きりになれる所に行かない?連絡先を交換しない?君から微笑みかけてきたから、普通の話をする以上のことを望んでいるんじゃないの?君が僕を誘うの?それとも僕が君を誘うの?」とそんな想像をしている、っていうファンタジー・ソングなんだ。

  1. ハッピー・ウィズ・ユー Happy With You

休暇中、ギターを何気なく弾いる時に、ふと思い出したんだ。暇な時間がたくさんあった頃は、ただブラブラと時間を費やし、ハイになって、結局は何もしないで1日を過ごしていたな、と。何もしないことに忙しかったのさ。そんな思いをギターのリフに乗せたんだ。「かつては一日中ブラブラして/ハイになってた/でも最近はそうじゃない」。つまり人としての成長を歌った曲だ。人生にはそういう時期があったりする。何も生み出さず、計画性もなく、自分に甘い時期。後になればそうではなくなるのだけどね。そんな曲さ。

  1. フー・ケアズ Who Cares

「フー・ケアズ」は聞いてるかもしれない人に向けて話している、ということを思って書いた曲なんだ。僕がイメージしてたのは、聞いてくれている若いファン、そして若者たち。彼らは日々、なんらかの問題を抱えて生きている。今の時代だったらネットでの中傷や荒らし行為になるのかな。僕が学生だった頃は、単にいじめたり、からかったりという感じだったが、今でも世界中でたくさんの子が誰かからいじめられたりしてる。僕にできるのは彼らを助けるアドバイスをすること。だからこう歌ってるんだ。「誰かにいじめられるのにウンザリしていないかい?陰口を叩かれたりしたことはあるかい?たとえそうだとしても、誰がそんなこと気にする?!」と。でもコーラスの最後には、ちょっとしたヒネリがあって「誰が気にしてる?僕が気にしてるよ」と歌ってるんだ。

  1. ファー・ユー Fuh You

“レコーディングが始まる前に曲が書き上がっていることもあるが、それ以外は、スタジオに入ってからその場でアイデアを練り、作っていく。この曲の時、僕はスタジオにライアン・テダーと入っていた。これ以外の曲はすべてグレッグ・カースティンとなんだが。この時は、アイデアとメロディの断片といくつかのコードだけしかなくて、それが少しずつ形になっていったんだ。そこにストーリー性を加えようとしていった。「さあ、出ておいで、ベイビー 自分のことを話して 真実を言って 君のことが知りたいよ 僕は君がどう感じているか知りたい 君は僕がモノを盗みたくなるようにさせる 君のために欲しいから」というのが基本の発想で、そこから膨らんでいったんだ。基本、ラヴ・ソングさ。ちょっとダーティなラヴ・ソング。君のために!ってね。

  1. コンフィダンテ Confidante

ある時、自宅の部屋の角にふと目をやった。そこには普段から古いマーティンのギターが置いてあるんだ。ギターが弾きたくなった時、曲を書きたくなった時、いつでも手にして弾けるようにと。その時、最近まったく自分がギターを弾いてないことにと気づいたんだ。大昔、初めてギターを手に入れたばかりの頃、ギターはまさに友達だった。腹心の友(confidante)だった。部屋の隅っこに行ってはギターで曲を書く。ギターに向かって、心配事も打ち明けていたよ。そんなギターへの僕からのラヴ・ソングだ。ギターには何でも腹を割って話した。秘密も明かした。そして他のいわゆる友達とは違って、ギターは戦う僕の側に常に立っていてくれた。友達、親友、腹心の友としてのギターを象徴する曲なんだ。

  1. ピープル・ウォント・ピース People Want Peace

何年も前のことになるが、イスラエルでライヴを行なったことがある。あの地域の政治状況はわかっていたので、ぜひイスラエルに行く前にパレスチナを訪れたいと僕は思った。イスラエルだけでライヴを行ない、パレスチナを蔑ろにしている、という風に思ってほしくなかったからだ。そこでライヴ当日ではあったが、国境を越え、パレスチナの小さな音楽学校を訪れるアレンジをしてもらい、生徒達と握手をし、彼らの音楽を聴かせてもらったりした。パレスチナの人達との連帯を示したかったんだ。イスラエルに戻り、ワン・ヴォイスという政治グループのメンバー達と会った。とてもクールな連中だったよ。そして僕らは彼らのバッジをつけて、テルアビブのステージに立った。全て平和のための使命感からだった。彼らは本当に素晴らしい子供達だったよ。子供達というか、実際は若者だね。「君たちはどうなるのが望みなのかな?」と僕が尋ねると彼らは答えた。「僕らの望みはただ平和に、家族と、普通に暮らせることだ」と。その時、繋がったんだ。僕が子供の頃、当時は戦争のニュースが常に紙面やテレビを賑わせていた。僕は父親に「人間はどうしたいの?平和に暮らしたいの?それとも戦争が好きなの?」と聞いた。すると父は僕の目を見て落ち着いた声で言ったんだ。「そんなことはないよ。人は平和を望んでる。戦争をしたいのは政治家や指導者だけで、一般の人間じゃない」と。父のその言葉は、ずっと僕の中に残っているんだ。

  1. ハンド・イン・ハンド Hand In Hand

夜遅く、ふと曲が浮かぶことがある。家にはピアノがあるんだが、それはかつて父が弾いていたもので、僕にとっては特別なピアノだ。そのピアノをある晩、弾いている時に見つけたコードが「ハンド・イン・ハンド」になったというわけだ。基本的にはラヴ・ソングだよ。書いたのは、ナンシーとまだ付き合い始めた頃だったので、これから二人で手に手を取り合って歩んで行く人生のことを考えていた。でもそのうち、これはたくさんの人たちのことでもあるな、と思った。同じような状況にいる大勢の人たち。愛する人と手を携えあって人生を歩んで行きたい、パートナーでありたいと願っている人たちさ。実はいい話があってね。レコーディングでは2名の女性チェロ奏者に来てもらった。バンド以外は彼女達だけだ。順調にレコーディングも終わり、彼女達に礼を述べると、そのうちの一人が言ったんだ。「実はもうじき結婚するんです。2回目なので、少し緊張しているんです。でもこの曲を聴いたら、きっと大丈夫だという気がして来ました」と。僕も思ったよ。「それだ!」ってね。僕がこの曲を書いた理由はそういうことだったんだ。

  1. ドミノズ Dominoes

曲のおもしろさは、人生に起きた何かから生まれることが多い、ということ。曲はその反動だったりするんだ。しかもすごくささいな出来事のね。例えば、誰かと口論をして「むしゃくしゃするから、ちょっとギターでも弾いて気分を直すか」と思ったり。この曲もそんな風に始まった曲だ。ごく普通の「人のこと」を歌った歌。本当は全てうまく行ってるのに、そうは見えない状況というか。きれいに並んだドミノの列、その1つの駒が倒されると、全部がパタパタと倒れて行く。そんなイメージはまるで人生の象徴だなと思えたんだ。小さな一つの行動が、全体に大きな影響を与え、全てのドミノが倒れてしまうわけだからね。そんなパーソナルな曲なので、レコーディングもこじんまりとやりたいと思ったんだ。人生にはいろんなことがあり、ドミノが全て倒れてしまったとしても、人生は続く。でも、最終的にはそれで大丈夫なのさ。

  1. バック・イン・ブラジル Back In Brazil

ツアーでブラジルを訪れていた時、1日ぽっかりオフの日があったんだ。何も予定は入っていない。ホテルの部屋にはピアノがあったので、弾いているうちにリフが生まれ、ストーリーを考えたんだ。舞台はブラジル。その少女は未来を、世界を、夢見ていた。そしてある青年に出会い、意気投合。苦労もあれば、うまく行くこともある。彼女はデートをしたいが、彼は遅くまで仕事があっていけない・・・。そんなブラジル人の若いカップルの物語さ。ダンス調な曲調に合うブラジリアン・リズムやフレーバーを乗せたんだ。

  1. ドゥ・イット・ナウ Do It Now

「ドゥ・イット・ナウ(今やれ!)」というのは僕の父の口癖だったんだ。不思議なもので、年をとるとかつて両親や先生や友達から言われたことを思い出すようになる。父の言葉で印象に残っていたのが「今やれ!」だった。僕が「あとでやるよ」と先延ばしにすると、父は必ず「今やれ」と言ったんだ。頭文字をとってD-I-Nと言うこともあって、僕は子供心に「レコード・レーベルの名前にしたらかっこいいな、DINって」と思ってた。ま、それはともかく、ずっと僕の頭の中に「今やれ」という父の言葉が残ってたんだ。そんな時、曲のアイデアを探していた。ちょうど僕は招きを受け、音楽の旅に出るところだったので、空想の旅で何処かに向かうことを書いてみたんだ。つまり「今やらなきゃ」永遠にその場所に行くことはないかもしれない、と。まるで父が「その旅に出るんだ、遅くなる前に」と言われて出る空想の旅なんだよ、この曲は。まさにドゥ・イット・ナウ(今やれ)なんだ。

  1. シーザー・ロック Caesar Rock

エンジニアのスティーヴとはスタジオに入り、何をやるのかわからないまま、即興でその時の気分のまま、色々と試したりするんだ。僕がドラムマシンで何かをやって、そこにピアノやベースを乗せたり、歌ったり。ある日、そんな風にやっていた時だ。僕がカニエ(・ウェスト)との仕事で知った曲を混ぜてみたんだ。それがすごくいいように思えたんで、やってみることにしたんだ。少し神聖さを冒涜することだったけど、「考えてみろ、ビートルズの曲にだってそういうのはある。”トゥモロー・ネヴァー・ノウズ”なんて(歌う)こんな感じで、僕らは全然神聖じゃなかった。言うなりゃ、”皇帝ロック”さ。冗談でそんな風に呼ぶようになったんだ。ただ楽しんでいただけだからね。ちょっと変わってて、”なんでもあり”の曲だというところが、僕はすごく気に入ってしまったんだ。スタジオにいたエンジニアや、たまたまそこにいた人間に声をかけ「みんなでコーラスの大合唱をしてくれ」と頼んだ。何よりも気に入ってるのは、曲の最後のあたりで、なぜかそうなったのかいまだにわからないんだけど、そしてそれは多分僕のせいだと思うんだけど、叫んだんだよ。「彼女の歯はお揃いだ!」って。「彼女の歯はお揃いだ」っていうその発想自体が妙に気に入ってしまった。それをアルバム・タイトルにしようかと思ってたくらいだよ。Matching Teeth(お揃いの歯)、それだ!って。そんなわけで実に楽しませてもらった曲なんだ、「シーザー・ロック」は。

  1. ディスパイト・リピーティッド・ウォーニングス Despite Repeated Warnings

ちょうど日本にいる時だ。新聞を読んでたんだ。トーキョー・タイムズだったか、ジャパン・タイムズだったか。それは気候変動に関する記事で、よくありがちな、人間はそのことに関して何もしていない、でも全てうまく行くから心配するな。氷山は溶けているかもしれないが、ロンドンでは溶けてないから心配するな、というような内容だった。その記事の中にこんなフレーズがあった。 Despite repeated warnings, they were not listening(繰り返し、警告があったにも関わらず、彼らはそれを聞いていなかった)。その Despite repeated warningというフレーズは、大勢の人たちの気持ちを代弁しているようで、気に入っちゃったんだ。そこでそれをシンボリズムにした曲を書こうと思った。そうなると、気候変動はでっち上げだと主張する政治家がぴったりなわけで、それが誰なのか、、、皆、すぐにわかるよね。僕はそいつを船長に仕立て上げた。彼が操縦する船の先には氷山があると警告を受けているのに、彼は自分のルートが正しいと信じ込み、「あいつらは物事を大げさに言っているだけだ」と聞く耳を持たないというよくある話なんだ。タイタニック号と同じストーリーさ。氷山に衝突して沈没するよ、という警告を受けても船長が「僕らは大丈夫」と言ったらそこまでだ。狂った船長、そして乗客は皆、彼が間違ってることを知っている、というそんな構図だ。今の政治、ということを考えた時、なんともシンボリックだと思える曲だ。「バンド・オン・ザ・ラン」や「死ぬのは奴らだ」に通じる、今の時代ならではでありながらも、広い意味での壮大なプロダクションだ。気候変動は決してでっち上げではないことを知らせ、狂った船長が僕らの乗った船を氷山に衝突させようとしていることをやめさせなきゃならないんだ。

  1. ステーション Station II

これはアルバム1曲目、空想のステーションというサウンドスケープの続編だ。ステーション、すなわち列車が発着する「駅」という発想がとてもいいなと思ったんだ。もしくは「ラジオ局」なのかもしれない。何れにせよそれは空想の場所だ。その場所の音風景を作り出すという発想を、楽しみながら行なったんだ。そしてその最後に、バスキングのミュージシャンがその大きな駅にやってきて、ギターをアンプにつなぎ、曲を弾いて客から金をもらうというのもいいんじゃないかと思ったんだ。そこで彼が弾くのは「ハント・ユー・ダウン」の頭の部分のフレーズ。それはどんどん音が上がっていき、そのまま次の曲になる、というわけだ。

  1. ハント・ユー・ダウン/ネイキッド/C-リンク Hunt You Down/Naked/C-Link

これは3部から成る曲。まずはロック調の「ハント・ユー・ダウン」。歌詞はこんな風だ。「恋人は見つからない。どんなに頑張っても。言い逃れてばかりだ(歌う)」 ブルースのナンバーによくある「ぼやきソング」さ。「僕を傷つけないでくれ。彼女はどこにもいない」…。そんな歌詞だよ。僕も楽しんで歌ってる。それがロックンロール調の「ハント・ユー・ダウン」。

そして「ハント・ユー・ダウン」の最後で4/4から3/4にテンポ・チェンジし、次の曲 「ネイキッド」へとそのまま繋がっていくんだ。こちらはとてもシンプルな曲で、僕がほぼ一人で録音したんだ。「生まれた時から僕はずっとNaked(裸)だった」という内容。人生において人は皆、様々な経験をするが、どこか社会的に「裸にされたような、どう対処したらいいかわからない」状況に置かれることがあると思うんだ。そんな気持ちを僕なりの解釈で、スタジオで演奏も歌も、一人でやった曲だよ。

そして次に繋がるのが「C-リンク」という最後の曲。元になったのは11分くらいのセッションで、僕はギターに没頭したいがために弾きまくってたんだ。よく「なぜ今だに音楽を続けているの?」と尋ねられるけど、答えは「大好きだから!」それだけさ。アンプのスイッチをONにして、ギターを手にし、シールドをさし、大きな音で演奏する。それだけのことを今も続けていられることが、どれほどの幸せか!そのスリルと言ったら!どれほどやり続けていようともスリルが消えることは決してないよ。(このセッションの時)僕が弾いたのは大半はブルージーなフレーズだったんだが、1つ〜2つメロディアスなフレーズが生まれたので、それをオーケストラ用に編曲して、曲にしたんだ。実は随分昔から、誰かにオーケストラをバックにブルース・ギターのコードを弾かせたいと思ってたんだ。その誰かが、自分になってしまったというわけだ。そしてそのコードがC、そしてCマイナーだったというわけさ。オーケストラがこのコードをずっと鳴らし、そこにギターが飛び込んでくる。アルバムはそうやって終わるんだ。とにかく楽しいセッションだった。だから最後に「フーーー!」と叫んでいるのが聞こえるんだよ。

https://www.universal-music.co.jp/paul-mccartney/news/2018-09-07-3/ より引用


【ポール・マッカートニーインタビュー】

−−まずは『エジプト・ステーション』の初登場1位おめでとうございます。このアルバムでNo.1になった気分はいかがですか?

ポール・マッカートニー:すごくいい気分だよ。1位より高いところはないからね。すごくいい気分だ。僕たちはかなりの労力を注ぎ込んだ。僕と、チームのみんな全員。グレッグ・カースティン、ライアン・テダー(ワンリパブリック)、エンジニアのみんな。凄くいいコンパクトなチームなんだ。みんなすごく頑張ってくれた。僕たちは一生懸命やった。価値のあるものを、誇れるものを作りたかったからね。だから実際に結果が出たことは素晴らしい。

 キャンペーン関係者もそうだ。マネージャーのスコット・ロジャー(Scott Rodger)。広報担当者たち。みんなですごく楽しめた。僕は最初に、「なるべく楽しもう。“ああ、アルバムのプロモーションしなきゃ”って思うだけじゃなくて、実際ワクワクできるようなアイデアを思い付こう。僕たちが楽しめば、それが自然に伝わるだろうし、面倒な過程にならないだろうから」ってみんなに言ったんだ。だからすごく楽しめたよ。ジェームズ・コーデンから[6月21日に“Carpool Karaoke”、8月20日にCBSの1時間特番出演]、ジミー・ファロンまで[9月6日に『ザ・トゥナイト・ショー』出演]、そしてグランド・セントラルのライブや[9月7日にYouTube生配信]、アビー・ロードもね。


▲ 「Paul McCartney Carpool Karaoke」

−−実は、プロモーションにとても力を入れていましたね、と言おうと思っていたところでした。ジェームズ・コーデンの時は必要以上に努力していましたよね、リバプールを案内したり。アルバムのことを周知しようとしているのは明らかでした。現場に出てあれほどまでこのアルバムのプロモーションに力を入れようと思ったのは何故ですか?

ポール:どのアルバムに関しても実際みんなに知ってほしいと思ってるんだよ。だってそこが問題だから。「え、アルバム出してたの?知らなかった」って人に言われるのは最悪だ。

 ただ今回はみんなで、「(プロモーションは)するけど、クールな感じでやろう。プロモーションのために魂を売ったみたいに見えるのは嫌だ。自分たちも本当に楽しめる方法でやりたい」って決めた。正直言うと、ジェームズ・コーデンの時はやりたいかどうか最初は決めかねてたんだよ。でも承諾してやり始めたら、ジェームズが“リバプールでやろう”とか案をどんどん出してきて……。そして彼と一緒に車に乗り込んだら、「ちょっとこれ楽しいじゃないか!」って思い始めたんだ。リバプールでドライブするのは大好きなんだ。「あれが初めてライブをしたところで、あれが弟が結婚したところだよ」とか言いながら自分の地元を見せびらかすのが。番組の収録じゃなくてもやってることだ。

 だから全てでそれをしようとした。アビー・ロードでちょっとしたライブもやった。あそこに戻るのはとてもクールだった。いいアイデアだったよ。「大きなツアーに出る前に、小さなライブをどこかでやりたいんだけど。何回か小さなライブをやろうよ」って自分がみんなに言ったんだ。だからみんなで、「じゃあ理想を言えばどこに行くのがいいかな」って考え始めた。それが秘訣だったと思う。「どこでもいいよ、どうでもいい、どこだって一緒だ」じゃなくて、「いやいや、アビー・ロードに行こうよ、きっと楽しいよ」という発想をしたんだ。裏の部屋でタバコを吸ってたこととか、そういうちょっとした話ができるじゃないか。自分の母校を訪れた時もそうだ。リバプールのThe Cavern Clubにも行った。(プロモーションをしていた)あの頃は懐かしさでいっぱいだった。幾つもの大好きな場所に行って、ちょっとしたライブをやる、でも同時にそれがプロモーションでもある、という感覚でね。

−−楽しんでいたらプロモーションにもなっていた、という2つの側面があったわけですね。

ポール:そうそう!その通り。僕たちが楽しめば、それが伝わる。こういう形のプロモーションをずっとしたかったんだ。昔はね、レコード・レーベルに欧州に行かされたんだ。ドイツの中心にあるケルンに。何故ケルンなのか聞くと、「ドイツの中心にあって、フランス、スイス、イタリア、オランダとかから人に来てもらってインタビューしてもらえるから」って言われた。ケルンは大好きだけど、そこで一日中同じ部屋で同じ質問に答え続けるんだよ。悪夢みたいだった。

 そしてあのインタビューもそれが伝わってたと思う。だから今回は、「“ケルン”はやらない。絶対嫌だ。楽しめることを考えなければダメだ」って自分のスタッフに言ったんだよ。ミーティングで全員が色々なアイデアを出して、本当に面白い(プロモーション)プログラムをまとめることができた。すごく楽しみながらプロモーションができた。いいアルバムができたと思っていたからね。シングル候補ばかりを集めたものではなく、アルバムらしいアルバムを作ろうと、アルバムというフォーマットに立ち返ろうと早い段階で決めていたんだ。

 


▲ 「Paul McCartney and Jimmy Fallon Surprise Fans in 30 Rock Elevators」

 

−−アルバムに対するファンのリアクションは嬉しかったですか?

ポール:そうだね!ファンや友人たち、そして一般の人たちのね!本当に素晴らしいんだ。色々な人や友人から“あのアルバム、まあまあだって聞いてたけど、買ってみたらすごく良かったよ!」ってメールがたくさん来てる。みんな1曲ずつ聴きながら、「あ、これ好き!」って……。

−−自分は「シーザー・ロック」が好きです。

ポール:ああ、それは良かった。まあ、つまりそういうことなんだよ。面白いね、ちょうどそのことについて考えていた。あれは真っ先に挙げるような曲じゃないからね。もっと明快な曲が入っているだろう?でも「シーザー・ロック」を入れて良かったと思ってるんだ。ちょっと実験的要素が強くて、自分のホーム・スタジオでふざけているような感じがあって。結果的にいい曲になったと思ったからアルバムに入れたわけだ。

 実は収録しなかった曲があと10曲くらいあったけど、それも結構いい曲なんだよ。でもアルバムとしての流れが出るように曲を選んだ。『エジプト・ステーション』というタイトルを思いついた時にメイン・プロデューサーのグレッグ・カースティンに伝えたら、「いいと思いますけど、それは何のことですか?」って聞かれて、「単に絵画のタイトルだよ」って答えた。でもそれはきっと少し不思議で、少しエキゾチックな感じになると気付いて、“旅”のようなものという発想を膨らませてアルバムを作り始めたんだ。みんなにヘッドホンをしてじっくり聴いてもらいたいと願っている。

−−ツアー中にインタビューに応じてくださり、ありがとうございました。現在のツアーでも公演のたびにニュー・アルバムの新曲を3曲ずつ披露していますよね。それは毎回変える予定ですか?

ポール:3曲ずつ演っている理由は、リハーサルの時間があまり取れなくて、まだ覚えてないからなんだよ。曲を書いて、レコーディングする。レコーディングされた曲には当然ながらアレンジがあって、今度はそれを再現できるようにならなければならない。最初からアレンジを覚え直す必要があるんだよ。で、僕たちは3曲覚えた。もう1曲ほぼできているのもある。だから徐々に加わるだろう。そうなれば入れ替えることもできるようになるね。

Q&A by Keith Caulfield / 2018年9月19日Billboard.com掲載
http://www.billboard-japan.com/special/detail/2455 より引用

【プロデューサー クレッグ・カースティン インタビュー】

ー10代の頃からビートルズの大ファンだったそうですね。

そうなんだ。ビートルズは僕にとって最も重要なアーティストさ。楽曲はバラエティに富んでいて、その奥深さは計り知れない。僕はいろんな音楽に触れながら育ったけど、ビートルズとビーチ・ボーイズは完全に別格だった。ロック一辺倒じゃなくて、ジャズやイギリスのオールディーズなんかの要素を取り入れた曲もある。そういう懐の深いソングライティングに、僕は夢中だったんだ。

ー当時最も気に入っていたビートルズのアルバムは?

今も昔も変わらず『リヴォルバー』だね。他のアルバムに傾倒した時期もあったけど、僕にとって不動のナンバーワンはやっぱり『リヴォルバー』だ。

ー話題を近年に移します。ポール・マッカートニーとの出会いについて教えてもらえますか?

ある映画の曲を録るために、彼と一緒にスタジオに入ったんだ。発表されるのかどうか分からないんだけど、あるアニメーション映画のためにポールが書き下ろした曲を、ブラスセクションやコーラス隊を含むフル編成のバンドと一緒に、丸一日かけてスタジオでレコーディングしたんだ。その曲が今後どうなるのは知らないけど、あのセッションにはポールと僕の相性を確かめるっていう目的もあったんじゃないかな。それが僕らの出会いだよ。
ーその映画のタイトルはご存知ですか?

本当に知らないんだ。ある本に基づいたアニメーション映画だってことは聞かされているんだけどね。最低限の情報しか与えられなかったんだ。

ーそのセッションが行われたのはいつですか?

3年前か、もしかしたらもっと前かもしれない。僕は物事の時系列を整理するのが苦手なんだ。でも今作の制作が始まる1年以上前だったことは確かだよ。

ー1曲限りのセッションがアルバムのプロデュースへと繋がったのには、どういった経緯があったのでしょうか?

そのセッションから約1年後に彼から連絡があって、一緒にやってみないかって提案されたんだ。最初からアルバム全体を手がけることになってたわけではなくて、自然とそういう形になっていったんだ。彼は僕との仕事に興味を持ってくれていて、まずは何曲か一緒にやってみようということになった。ポールと彼のバンドと一緒にスタジオに入って、僕らは彼が持ち込んだ幾つかのアイディアを発展させていった。スタジオにはいいムードが流れていたし、僕らの相性は良好だった。その後も彼のツアーやあれこれの合間を縫う形で、僕らは断続的に作業を続けた。どこかのスタジオで2週間、その後また別のスタジオで2週間といった具合にね。

ーセッション開始当初、曲はどういう状態だったのでしょう?彼はデモを作っていましたか?

曲によるね。ピアノの弾き語りを携帯で録っただけのものもあれば、イギリスのスタジオで彼が複数の楽器を独りで演奏したスケッチ的なものもあった。中にはある程度アレンジされたデモっぽいやつもあったけど、大半はアイディアの段階にすぎなかった。バンドとのリハーサル中に曲を形にしていくこともあったよ。

彼が持ってきたラフなアイディアに、僕が具体的なアレンジ案を出すっていうケースもあった。「この2つのセクションを繋げてコーラスとヴァースにしよう」とか、「このセクションは半分でいいかもしれない」とかいった具合にね。同じ曲で複数のヴァージョンが未完成のままになっているケースもあれば、スタジオで大部分を仕上げた曲もある。リハーサルの場でバンドと一緒にジャムりながら、未完成だったバージョンをまったく別の曲に生まれ変わらせたケースもあったよ。アイディア段階の曲を解体して、スタジオで再構築するっていうプロセスは多かったね。

ーそのバンドというのは彼のツアーバンドですよね?

そうだよ。今作に彼のツアーバンドが参加しているのは事実だけど、楽器の大半はポールが自分で演奏しているんだ。ドラムもほとんど彼が叩いてる、ポールは素晴らしいドラマーだからね。エイブ(・ラボリエル)がドラムを叩いた曲もあるけど、今作の大部分はポールと僕がエンジニアたちと一緒に作り上げていったんだ。僕もちらほら楽器を担当してるよ。ベースはほぼ全部ポールだね。彼はピアノもたくさん弾いてるし、ギターを弾いてる曲もある。バンドが参加してるのは数曲で、それ以外はほぼポールが独りで録ったと言っていい。

ーすべての楽器をポールが担当した曲をひとつ挙げてもらえますか?

『Conidante』はほぼポールの独演だね。そういう曲でも、スタジオミュージシャンが少しだけチェロやツィンバロン等のストリングスを重ねていたりするけどね。アビー・ロードでのセッションは特に素晴らしかった。あそこで仕事をするのは初めてだったんだけど、ポールが中を案内しながらいろんなエピソードを聞かせてくれた時は興奮したよ。

ー そこでの経験について詳しく教えてください。

とにかく素晴らしかったの一言に尽きるね。ポールの話を聞いていると、若かりし日の彼やジョンたちの姿が目に浮かんで来るんだ。彼らにもそんな無邪気な日々があったんだなって思ったよ。「ここで弾いて録ったやつを、階段で上に駆け上がって聴くっていうのが最高に楽しかったんだ」なんて話してたよ。ビートルズのアルバムを作っている若き日の彼の姿を、僕はありありとイメージすることができた。すごくピュアだったんだと思う。別のスタジオでセッションが行われてた時に、ジョンと2人でどこかに隠れてクスクス笑ってたこととか、スタジオでのエピソードは尽きることがなかった。その時にレコーディングされた曲のトラックを個別に聴いてみると、彼らの笑い声が入っているかもしれないね。

スタジオのコンソールにも様々なエピソードがあった。そのコンソールには、クラシックとポップスのセッティングを切り替えるスイッチがついてた。ビートルズのレコーディングの時にはポップスに設定されてたんだけど、ジョンとポールは「クラシックに設定するとどうなるんだろう?ポップスとの違いは何なんだ?」って訝しんでたらしいよ。自分たちのレコーディングは手抜きなんじゃないかってね。

ーどのタイミングで、セッションの場がアビー・ロードに移ったのでしょうか?

記憶が曖昧なんだけど、おそらく制作の終盤だったと思う。曲は全部出揃ってて、ちょっとしたアレンジを加えるのが目的だったんだ。弦楽四重奏とハーピスト、それにツィンバロン奏者に来てもらって、既存のメロディをなぞったりした。ピアノも少し重ね録りしたと思う。『アイ・ドント・ノウ』のイントロの部分がそうで、個人的にもすごく気に入ってるんだ。

ーセッション開始当初、ポールに指示を出す時はどう感じていましたか?ビートルにあれこれと教示するのは不思議な気分だと思うのですが。

その通りだね(笑)確かに不思議な気分ではあったけど、それが僕に求められていることだったからね。意見が食い違うこともあったけど、彼はいつも僕の考えに耳を傾けてくれた。内容は忘れちゃったんだけど、僕がちょっとした難題を提案したことも何度かあった。そういう時も彼は何も言わずに演奏を続けてて、僕は自分の指示が聞こえなかったんだろうと思ってた。30分後くらいに僕が「ポール、さっきの僕の提案は聞こえてた?」って声をかけたら、「聞こえてたよ。でも聞いてないふりをしてたんだ」なんて言うから、2人で笑ったよ。その数日後に、彼が僕の提案したことを形にした時は驚かされたよ。ボツと思われたそのアイディアに再挑戦して、見事に成功させたんだ。他人の意見に耳を傾けて学ぶ、彼はそういう姿勢を持ち合わせているんだよ。

最初のうちは指示を出すのに躊躇することもあったよ。でも互いに打ち解けて気を遣わなくなってからは、思いついたことをどんどん口にするようになった。僕の出すアイディアを、彼は進んで試してくれた。特に自信のあるアイディアについては、僕が繰り返し指示を出すこともあった。僕のアイディアに賛同しない時、ポールははっきりとそう口にしたし、そういう場合は僕も頑なな態度は取らなかった。何せ相手はビートルだからね。実験的な作品からポップアルバムまで、彼は長いキャリアの中であらゆる作風に挑戦してきた。僕が思いつくアイディアのすべてを、彼は既に実践済みなんだよ。

ーレコーディングの開始前に、イメージするサウンド等について話し合いましたか?

そうだね。ビートルズの複数のアルバムを例に挙げながら、彼はムードやインスピレーションについて説明してくれた。ストレートなロックやアコースティックものもあれば、ブラジル音楽を思わせるものまで、彼のアイディアは多様だった。とにかくありきたりなものは避けるというのが大前提で、彼は新しいことに挑戦しようとしてた。『ハント』か『ハント・ユー・ダウン』か、どっちのタイトルに落ち着いたのか僕もまだ知らないんだけど、あの曲はいい例だと思う。あの曲のセッションで、彼はこう言ったんだ。「ギターはなしだな、ありきたりすぎる。代わりにチェロでやってみよう」

曲を一旦解体してから不可欠な部分だけを残すっていうのは、彼の常套手段なんだ。数多くの楽器を使ってる曲の中から、本当に必要な部分を見出そうとするんだ。「オーケストラ楽器ひとつとドラム以外を全部ミュートしてみよう。ギターのパートをベースクラリネットに置き換えてみよう」っていう具合にね。斬新なアレンジを求める彼に、僕はすごく共感してた。オーソドックスなスタイルで演奏することは簡単だけど、ポールは自分の限界に挑戦しようとしてたんだよ。

ーアルバムは『Station Ⅰ』で始まり、『Station Ⅱ』で幕を閉じます。この2曲について話してもらえますか?

2曲ともポールがキーボードで作ったコーラスワークが元になってるんだ。そのパートを聖歌隊に歌ってもらうために、デヴィッド・キャンベルにアレンジを手伝ってもらった。大きな教会でレコーディングしたんだけど、すごくクールだったよ。最初は彼と僕の2人だけでスタジオに入って、彼が温めてたコード進行をコーラスにするっていうアイディアを出したんだ。それからテープループなんかも使いつつ、2人でいろんなアンビエントノイズを作り出した。彼が持ってきたコンパクトなテープレコーダーは、『リヴォルバー』の『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』に使われたやつだったんだ。Brenellの小さなテープマシンさ。この2曲にはそのテープマシンで作ったサウンドが使われてるんだ、スロー再生のギターとかね。

ーそのテープマシンは『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』の制作当時に使われたものですか?

そのはずだよ。まだ若かった彼は当時、あれでいろんなことを試したらしい。「こうやればループ再生できる。再生速度を落とすとクールなエフェクト効果が得られるんだ」みたいな感じでね。ジョンも同じものを持ってたらしいよ。

ー『Despite Repeated Warnings』はとても壮大な曲だそうですね。

その通りだね。『バンド・オン・ザ・ラン』や『死ぬのは奴らだ』を思わせる部分もあるんじゃやないかな。アルバムには他にも、壮大で複雑なオーケストレーションやムーヴメントをフィーチャーした曲がいくつかあるよ。この曲のコンセプトはポールが決めたんだ。聴けば分かると思うけど、歌詞には彼の政治観が反映されているんだ。

曲の構成はポールがバンドとリハーサルを重ねながら決めていった。それから作業をロサンゼルスのスタジオに移して、僕は彼らと一緒にアレンジを練った。最終形態に落ち着くまでの過程は長かったね。この曲には大勢のオーケストラ奏者に参加してもらった。マッスル・ショールズのホーン隊をはじめとするブラスセクションも含めてね。5?6つの異なる曲をひとつに束ねるみたいな作業だったから、すごく大変だったよ。7分近い曲なんだ。

ー『Happy With You』はどうでしょう?

これはシンプルなアコースティック曲だね。僕の個人的なお気に入りのひとつでもある。基本的にはアコースティックなんだけど、ポールが少しエレキギターを重ねてる。Fairchildのコンプレッサーを使ってるから、かなりビートルズに近い雰囲気が出てると思う。僕は機材オタクだから、こういう話をするのが大好きなんだ。シンプルなメロディも含めて、すごく好きな曲だね。

ー ブラジル音楽にインスパイアされた曲もあるとのことでしたが、それはどの曲ですか?

『Back in Brazil』だね。序盤にレコーディングした曲のひとつで、4?5つの異なるバージョンを作った。ドラムのグルーヴを含めて、イメージ通りに仕上げるのに苦労したよ。最終的にオリジナルとはまったく違う曲になったんだけど、個人的にはすごく満足してる。エレクトリックピアノのパートをクラリネットに置き換えた部分があるんだよ。最初はドラムを含めたバンド編成でレコーディングしたんだけど、曲を解体して各パートをオーケストラ楽器で置き換えることにしたんだ。大きかったのは、(作曲家の)アラン・ブロードベントに編曲を手伝ってもらったことだね。ストリングスとクラリネット、それにフルートなんかのアレンジを担当してもらったんだけど、どれも素晴らしい出来なんだ。

ー すべてのレコーディングは過去2年間で、ツアーの合間を縫って進められたのでしょうか?

そうだね、彼がツアーに出ていない時に進める感じだった。実際にレコーディングに費やされた期間は4?5ヶ月じゃないかな。午後12時?18時っていう、無理のない時間帯に作業するようにしてたからね。

ー サセックスのスタジオはどんなところなのでしょうか?

周辺には何にもないんだ。正確な位置は僕も把握してないんだけど、広大な農地に囲まれたところだよ。

ー ベックやフー・ファイターズを含め、過去数年間であなたは様々なアーティストのプロデュースを手掛けています。今作の制作をスケジュールに組み込むのは容易ではなかったのでは?

スケジュールの変更が日常茶飯事だったことは確かだけど、ポールはいつもかなり早い段階で予定を立ててくれるんだ。彼がいつツアーに出ていつスタジオに入るのかを、僕は常に把握してた。彼は一度決めた日程を変更したりしなかったし、必ず予定通りにスタジオにやって来た。ベックなんかは直前になって予定を入れたりして、スケジュール調整が大変だったけどね。当時僕は複数のアルバム制作に携わってたんだ。

ー ポールと実際に仕事をしてみて、彼のイメージや印象について変化はありましたか?

彼のことをいろいろと知ることができたと思う。ハーモニーや歌詞において、自身のソングライティングの限界に挑戦しようとする彼の姿勢には感銘を受けたよ。彼がセッションに持ち込むコード進行のオリジナリティには舌を巻いたね。僕はピアニストなんだけど、昔から彼が生み出すハーモニーやメロディ、コード進行が大好きだった。今回のセッションでも、彼は僕が聴いたことのないコード進行を提案してきた。ポップスのあらゆるアイディアは出尽くしたなんて言われるけど、彼は『Despite Repeated Warnings』のような曲を作り上げてしまう。あの曲と同じコード進行が使われてる曲があれば教えてもらいたいね。

『I Don’t Know』もいい例だね。彼が生み出す曲は、新鮮さと親しみやすさを兼ね備えているんだ。童謡のメロディなんかを引用する場合でも、彼がやると決して陳腐なものにはならない。奢ることなく前に進み続ける彼の姿勢にはすごく刺激されるよ。曲に深い愛情が込められていることが、手に取るように伝わってくるんだ。あくまでモダンであることにこだわりつつも、決してありきたりにはならないところも尊敬してる。ハープシコードなんかのオーケストラ楽器やハーモニウム、自宅スタジオで愛用してる機材を試してみたりね。馴染みの薄い楽器を積極的に使うっていうのは、彼の個性の一つだと思う。キャリアに甘えることなく、今も挑戦を続けている彼にはインスパイアされっぱなしだよ。

ー 現在76歳の彼が、往年の名曲を淡々とプレイするだけのツアーを繰り返していたとしても、誰も文句は言わないでしょう。しかし彼はそういうアーティストではないと。

彼は音楽を作ることを心の底から楽しんでいると思う。彼ほど熱意に満ちたアーティストには会ったことがないし、僕自身大いに刺激されたよ。夕方の5時頃ってティータイムっていうか、集中力が途切れがちな時間帯なんだけど、彼はお構いなしにレコーディングを続けてた。彼は小さなベルがついたアンクレットを身につけてたんだけど、すごく気に入ったらしくて「これを録音してパーカッションとして使おう」って提案してきた。思いがけないアイディアだったけど、それを身につけたまま曲に合わせて踊るっていうのを、彼は2?3テイク繰り返した。彼のエネルギーには驚かされっぱなしだったね。

ー そのベルの音はどの曲に使われているんでしょうか?

『Hunt You Down』だと思う。あの曲には後からパーカッションを追加する必要があったんだ。そのベルは60年代から使われてるんじゃないかな。世界中を飛び回っている彼が、どこかでプレゼントされた楽器のひとつさ。彼はいつもこんな風に話してた。「これはナイジェリアの楽器で、これはアジアのどこかの国でもらったんだ。そのひとつひとつが、きっと素晴らしい物語を宿しているんだよ」

僕がスタジオの端に目をやると、「あれは『タックスマン』のソロを弾いたギターで、あっちのアコースティックギターは『イエスタデイ』を書く時に使ったやつだ」なんて話を聞かせてくれた。(Hofnerの)ベースは明らかにビートルズ時代から使い続けているやつだったし、いちファンとして興奮したよ。

ー アルバムに収録される16曲以外にレコーディングされた曲はありますか?

あるよ。多分20曲くらいレコーディングしたんじゃないかな。

ー 収録が見送られた曲も、いずれ発表されるのでしょうか?

そうなるんじゃないかって気はしてるよ。配信やストリーミングが中心の今は、いろんな発表の仕方があるはずだからね。形になりそうな曲はほぼ全部完成させたんだ。少なくとも20曲、もしかしたら25曲くらいあるかもしれない。

ー ライアン・テダーが1曲だけプロデュースしていますが、それはなぜでしょう?

彼が『For You』をプロデュースしているのは、スケジュールに関するちょっとした誤解が原因で、僕が作業に立ち会えなかったからなんだ。ポールはレコーディングを中止するつもりはなかったから、彼のマネージメントが急遽ライアンとコンタクトを取ったんだよ。あの曲はその時に生まれたんだ。

ー ポール・マッカートニーのプロデュースを手掛けた今、次に仕事をしてみたいアーティストは?ボブ・ディラン?それともニール・ヤング?

どちらも大好きなアーティストだね。そういう機会に恵まれたら素晴らしいと思うよ。でもポールと仕事ができたことは、僕にとってこの上なく大きな経験だった。愛するアーティストの多くが既に亡くなってしまっているだけに、彼の作品に携わったことは僕の誇りさ。

転載元 http://rollingstonejapan.com/articles/detail/28628/1/1/1

 


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