ポール・マッカートニーのファンサイト(非公認)。ポール・マッカートニーやビートルズの最新ニュース、アルバム・楽曲の解説、ライブ・ツアー記録、新譜・テレビ放送等。

10年前の思い出(その1)

10年前の思い出(その1)


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先日から、10年前のポール・マッカートニー日本公演の記録を、先月リニューアルしたサイトに移行しているところです。10年前の11月に、ポール・マッカートニーが3度目(ビートルズ時代やウィングス時代を含めると5度目?)の来日を果たしたんです。
データ移行の作業をしているところで、いろいろと10年前のことを思い出してしまいます。あの時は自分は20代後半、一番人生の中で油が乗っている(?)時でした。バブル経済崩壊後の中でも、日本の景気も少し上向いてきた時だったですしね。社会全体の雰囲気が今に比べればよかったかもしれません。

たかが1人のミュージシャンの来日公演、ファンじゃない方にとっては何てことない出来事なんですが、ファンにとっては、特に、自分みたいな相当入れ込んでいるファンにとっては一大事だったのです。それに伴う思い出も多数あります。

20代後半の自分、社会人になって5年目、その前年までの4年間は毎日終電まで残業の職場で、むちゃくちゃ働かされました。2002年の5月に新職場に異動になってから、毎日終電まで残業ということがなくなり、ある程度は忙しいものの、仕事に余裕が出てきました。

そこで5月のGWの間に、初めてポール・マッカートニーのコンサートを見に、アメリカはロサンゼルスまで行ったのです! だって、当初は日本公演の予定がなかったから。
BCC(ザ・ビートルズ・クラブ)企画のコンサート観戦ツアーに申し込んだですが、旅行代が30万円近くとかなり高かっただけあって、前から3列め、真ん中のブロックの席を確保して頂きました。相当なポールなファンが、初めて見るコンサートの座席が前から3列目だなんて… 正気でいられるわけがなかったです。

コンサートの終盤、確か、マジックピアノでポールが「The Long And Winding Road」を弾き始める時に、同じBCCのツアーに参戦していた方が持参していた「Please Come Back To Japan」と書いてあった4連ボードを掲げたんですが、見えているはずのポールは見て見ぬふり。そして前にいる黒人のでかいガードマンから「つまみ出すぞ!」と言われる始末。あの時アメリカは9.11の事件の1年後だったので、警備が厳しかったのです。

ああ、ポールもボードに反応してくれなかったなあ、来日はないなあと思っていた8月初旬、突然、ポール来日のニュースが伝わったのです!
スポーツ新聞には、こう書いていました。


★日本ファンの熱意が呼び寄せた来日

 来日公演は当初、全く予定されていなかったという。だが、5月4日のロサンゼルス公演で起きたある出来事がポールの気持ちを変えた。どの公演先でもビートルズ時代の曲以外では次々に席を立ってしまう観客が多い中、日本からツアーを組んで来た30人ほどの観客は、最新アルバム「ドライヴィング・レイン」からの曲にも総立ちで大合唱したという。5月の連休明け、ポールは親しい日本の関係者に電話し、「今年中に日本に行きたい」と来日公演の意思を伝えた。いわば、日本のファンの熱意が呼び寄せた記念すべき来日公演なのだ。

 

(つづく・・・)

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