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ポール・マッカートニー、作曲家リチャード・ロドニー・ベネットを偲ぶ

ポール・マッカートニー、作曲家リチャード・ロドニー・ベネットを偲ぶ


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昨年12月24日に亡くなったイギリスの作曲家リチャード・ロドニー・ベネットをポール・マッカートニーが自身のサイトで悼んでいる。

ベネットは1967年の映画『遥か群衆を離れて』や74年の『オリエント急行殺人事件』などの音楽で有名で、ポールもベネットの作品をよく知っていたというが、実際に知己となったのはポールがリヴァプール交響楽団の設立150周年を記念する作品『リヴァプール・オラトリオ』の作曲を依頼されたのがきっかけで、ポールはこの作品を機会に編曲面での協力を様々な作曲家に依頼し、その過程でベネットとのコレボレーションにも恵まれ、その後、友情を培うことになったとか。

「リチャードに電話をかけては、ぼくが温めているアイディアをオーケストラ用に直していくのに興味があるかどうかいろいろ話しながら探ったりしてね。こうした電話の会話がすごく楽しくておもしろいものだったんだよ。リチャードはすごく機転の利いたユーモアを披露すると同時に、このプロジェクトについては真剣に情熱も見せてくれたんだね」とポールは回想している。また、ポールは折に触れて虚構の人物になりすましてベネットのところに電話をかけるなどといったいたずらもよく働いたという。

その後、ポールはベネットの協力を得て、1997年のクラシック作品『スタンディング・ストーン』を仕上げ、オーケストラのレコーディングにもベネットはずっと立ち会ったという。クラシックへの関心のほかにはコール・ポーターやジョージ・ガーシュウィンなどといったジャズ系の作曲家への傾倒でもふたりは趣味を同じくしていて、ベネットがキャバレーでこうしたジャズ・スタンダードのピアノ演奏を披露したことをよく憶えているとポールは綴っている。

その後、1998年にベネットが騎士の称号を授かった時にポールは、お祝いの代わりにニューヨークの品のないビジネスマンに扮してベネットに電話をかけて担いだという。「このあほんだらの正体が本当は誰なのか明かすとリチャードも悪態を垂れてね。大笑いしたよ。本当に寂しくなるね」とポールは結んでいる。

(c)ro69.jp http://ro69.jp/news/detail/77103

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